

Rainford‐幻想物語の迷子‐
鬱蒼とした木立の森、私が暮らす深い森。
この森に名前でもつけようかしら?
…...そうね、色々不思議なことが起こる森だから、怪奇の森なんていいかもしれないわね。
星々の光をも木立で覆うこの森は、秘めた力を隠すには丁度いいから。
久しぶりに目が覚めたのはいいけれど、時計の針が差していたのは真夜中。
星々の煌めきが林立の隙間から砂時計の砂のように僅かにさらりと見える頃、私はそんな暗い森を散歩していた。
夜の静寂は眠りのウタ。
オトがしないようで、そよ風に吹かれた葉が擦れるオトや夜行性の動物の鳴き声も聞こえる。
心地よい和音を体で感じながらの散歩は気分がいい。
そんな中、不意に呻き声が混じっていることに気がついた。
「あら?何かしらー?」
ついつい癖で言ってしまう独り言。
気になるので取り敢えず、呻き声が聞こえた方向に歩いて行ってみる。
この森は入り組んでいて、私とリオさん、イディアルお兄ちゃんぐらいしかまともに歩くことができない。
そんな森の中で迷い子になっているのなら、森の外まで連れ出してあげないと、迷子が過ぎて最悪死んでしまう。
知らない死体とご近所さんになるのは勘弁して欲しい。
私は足元の悪い場所を歩くのをやめて、《翼浮遊魔術六枚羽根女神式》でふわりと綿毛のように浮き上がると、音もなくコエの方向に向かった。
「うぅぅ...…」
「あらら...…今日雨降ったもんね...…そこのお兄さん...…お姉さん?どっちかしら??大丈夫?」
呻き声の主は、男性か女性か判別がつかない。
ただ夕方に降っていたらしい雨で冷え切った身体、涙の跡、なす術もなくこの森に入ったことはなんとなくわかった。
このまま放っておいてはいけないわね。
「とりあえず私のお家に運ぶね。ちょっと怖かったら……ごめんね?」
六枚のほんのりと紅色に染まった白い羽根のうち二枚で、冷え切った子を包み込む。
本当に冷たいなぁ...…なんでこんな所にいるのかな?おかしいなぁ?
運びやすいように小さな魔術、浮遊を迷子さんにかけていると、
「...て......んし...?」
「ん?」
不意に、抱き上げている自分よりも背の高い、儚い存在がそう呟いた。
瀕死の状態だから、天使って言ったのかな?
渾身の冗談みたいなのが辞世の句になったらかわいそうだなぁ...…
「話しちゃダメだよ、衰弱してるんだから...…そっと私のお家まで運ぶから、おとなしくしていてね」
優しめに抱きしめている子の額を撫でると、満月の夜に私は優しく羽ばたいた。
迷子さんはそのまま眠ってしまったけれど、ちゃんと心臓のオトもするし、息をするオトもしている。
家に帰ろう、この子をどうにか生かすために...…
「で、この男は誰ですか?リリィさん?」
そう問い詰められても私困るんですけど。
彼は私の愛しい人、ヴァルデリオ...リオさん。
突然夜中に起きて、勝手にお散歩に行ったことに怒っている。
そしてその挙句、男の人?を連れてきたことに対しても非常に怒っている。
というか、まだ男の子って決まってないのに早とちりだよ?
「衰弱して倒れてたの。お散歩勝手に行ったのは謝るけど、リオさん光魔術師だよね?それに!それ以前に!リオさんのお仕事!なんだっけ!?」
「〈怪我病人を完全に治す〉こと。だけどな」
「だからリオさんに治してもらおうと思って連れてきたの!」
拗ねてる。この人拗ねてる。
私も相当めちゃくちゃ言ってるけど、ちょっと悲しい。
確かに起きてまず最初に彼のお部屋に行かなかったのは初めてだし、書き置きも何もしてなかったけどここまで拗ねなくてもいいじゃない...…
「...…」
「なんだ?リリィ?」
ムーっとした顔で見てやる。
そして、泣き落とし好き落としを始めるz
「リオさんは、私の一番愛しい人なのに……私の心を信じてくれないの?」
そうっ...と背の高い彼の首に腕を回し抱きつく。
近づくと心拍数が上がるからちょっと辛いんだけど、勿論好きだからドキドキしちゃうんだけど、背に腹は変えられない。
この子を助けるため...…だし、ちゃんと態度で示したいから。
少し驚いた顔をしたリオさんの心に届くように。
私ができる最大限の猫なで声を使って耳元でそっと愛を囁き、その唇を奪う。
おおよそ数分間。
次第にリオさんの心拍数と呼吸数が上がるのを感じる。
腰回りに腕を回して抱きしめてくれる。
でもここまで。
「これでも...…信じてもらえないの?」
「......はいはい、わかりました」
恥ずかしかった…... リオさんも顔が鮮やかな紅に染まっているのをひたすら隠そうと、大きくて優しい手で顔を覆う。
いくら愛し合っているといっても、一応そこに病人が寝ているわけだし。
そしてその問題の、昨日連れ帰って応接間のソファーで寝かせたら、そのまま目を覚まさない子はぐったりとしている。
「お願い、リオさん...…この子助けて」
「わかった、俺だけのオミナガミさん、ちょっと待っててな?」
仕方ないというそぶりを見せ、患者さんになった迷子さんの方に歩んでいく。
途中で一度歩みを止めて上半身だけ振り返る。
「あとで一緒に昼寝しような。夜更かししてて眠いだろ」
「...…うん!」
私の事を、常に気遣ってくれるこの魔術師さんが愛おしい。
だから一緒にいたいんだよね。
暫くして魔法陣と魔術のウタに覆われた患者さんの容体がだんだん良くなってきた。
土気色だった頰はやや薔薇色に、先に私がある程度乾かしておいた衣装や髪はそのまま完全に乾き、あとは本人が目覚めるのを待つだけかな?
どうか助かりますように……
「やっぱりリオさんはとても魔術の行使が綺麗だね」
「ん、ありがとう、リリィ」
数刻前まで拗ねていた彼も今は真摯に術を操り、私の言葉を素直に受け取ってくれる。
青と白の術式はいつ見ても綺麗だなぁ...…
色々な文字列の円形の陣を空中に幾つも浮かべ、そこからその瞬間必要な陣を発動させる。
そこにリオさんは少しアレンジを加えていて、対象の心の音に合わせて脳の異常も少し取り除く。
やっぱり魔術って、その人の性格がとても出るから見ていて面白い。
そしてそこから数分後。
「ん...…ぁあ...…?」
患者さんが目を覚ました。
「リリィ、起きたぞ。」
「リオさんありがとう!大好き!!」
「知ってるよ。さて、で、お前さん意識は戻ったろ?喋れるか?」
リオさんが目覚めたばかりの患者さんに問いかける。
ただ、森の中で倒れていたのが、いつのまにか知らない家にいて、男女に囲まれているのは怖いと思う……
もうちょっと優しくしてあげた方がいいんじゃないかな?
そう思っていた時に、不意に患者さんが呟いた。
「ぁ……天使様...…?天使様はどこに行ったのでしょうか?」
天使?
「天使……?どういう意味だ?」
リオさんが私の脳内を直接再現してくれる。楽。流石。
「あ、もしかして昨日飛んで運んだからかな?」
そしてその天使であろう人物は、確実に私だ。
それは六枚羽根なんて出して飛んでたら、神話の天使とも間違えるだろうね...…
でもあれは、私が出せる翼の最低数だからどうしようもない。
因みに最大数は、もうヒトガタなのかわからなくなるぐらい大きいのも混じっちゃうから、正直自分でも怖い。
「貴女が天使様なのですか?」
青年にしては高く、娘にしては低いコエで患者さんが私に問いかける。
なんと答えればいいのだろう...…
私、リリィはこの世界の始まり。
世界を生み出して導いているオミナガミである。
けれど、オミナガミだと言うのは正直あまり口外したくない。
オミナガミは、イニシエの時代からこの世界の信仰対象。
それが今現在、地上にいるのが知られてしまうのは危うい。
私達の平穏で、小さな幸せがいっぱいの生活が消えてしまう。
そう迷っているところで、リオさんが一言いってしまった。
「彼女は俺の女神な?」
んー……ごまかしたつもりなのかな、嘘は言っていないけど私情が入っている。
リオさんがいっている女神って多分、女性に対して褒め言葉とかで言う女神なんだと思う。
「女神様?」
「ああ、俺だけの女神様」
まぁ...…これならあながち嘘じゃないし、良いか。
一般的な比喩表現に、真実を混ぜられるのって私ぐらいなんじゃないかな?女神に関してだけだけれど。
「...…はは……あはは......女神様なら、俺のこと救ってくれるのでしょうか?」
「あ?」
突然哀しげな、泣き出しそうな悲痛なコエで笑い始める。
悲痛で……願いも望みも何も叶わないまま絶望してしまったヒトが出すコエ。
そして、私...…何故だろう?この子のコエ何か聞き覚えがある気がする。
不思議と懐かしい気持ちになる、男性にしては高く娘にしては低いコエ...…
まさか...…
「ねぇ、キミの名前...何?」
多分これが正解なんだろうな。
私は自分のコエで問いかけた者から情報を少し多めにもらえる。そう言う仕組みだから。
「俺は...…レイといいます」
レイ……真名はレインフォードかな?断片でも私にはわかる。
あと、よく聴いてみると、この子すごい好みのコエしてるなぁ。
リオさんのコエほどではないけれど。
……っとそうじゃなくて、この子...〈彼女〉が私の元に遣わした子なのか。
突然目覚めたのも、なんとなく散歩に行ったのも全部誘導されてたのね私...…ちょっとなんだか、むっとする。
でもまぁ、ここから先は私に任されてるみたいだし、好きにさせてもらいましょう。
「レイ……くん?かな?何事かお悩みなの?」
私は突拍子もなくレイくん?に尋ねてみる。
そうすると、少し驚いた表情をみせたけれど、すぐに物憂げな目で俯いてしまい、悲しげな感嘆詞を漏らす。
「まぁ...そんなところです。あ、すみません助けていただいたのに不躾な態度で……」
無理に笑顔を作るのはおバカさん。
リオさんも隣で同意しているようだ。
この子は……いままで無理をしすぎてしまったようだ。
それで、〈彼女〉の力で誘われ、ここに辿り着いてしまったらしい。
本当、運命なんて度し難いものね。
「構わねえよ。あと無理に笑うなアホ。で、結局キミの性別は…...」
「...…それは」
あら、アホって口に出しちゃったよリオさん...…やっぱり考えることは一緒なのね。
リオさんが性別について話そうとすると、レイくんは途端に苦虫を潰したような顔をする。
そう、〈それ〉について悩んで、尚且つ他にも様々な因子がまとわりついたせいで森に入ってきてしまったのがレイくんだ。
さて、それじゃあオミナガミの私がやることといえば、大したことじゃないんだけれど...…
それでもこの子は私の力で助けられそうかな?
「レイくん、人差し指だしてみて?」
「...…こうでしょうか?」
「うん、じゃあ、絶対に動かないでね?いくよ」
差し出された指は、人差し指...
右手を出したのは本能かな?それでは、さてお仕事をしましょうか。
『汝ノコエニ我応エヨウ、コノ譜ガ作リマイス印ニヨリ汝ノ痛ミシゥ。代償ハソノコエノアルママノ献上ナリ。』
「え?何!?」
ものすごい早口言葉みたいな魔術譜を唱える。
聴き取りきれない速度の譜面、音程の変化、強弱と感情表現、
私しか使えない未知の領域、オミナガミの世界だけのウタ(リオさん似たようなの使ってることがあるけれど、あれはもっと効果が弱いかな?)。
薄紅と薄蒼の光が集結し、一つの輪の形をゆっくりと形成していく。
それがレイくんの指に合うように、綺麗に結合されていく。
『結ビシゥ』
光が弾けると、人差し指には二色の結晶がついた蛇の指輪が形成される。
「????」
「リリィもお人好し。」
リオさんがぼそっとつぶやく。
そういうところは貴方に似たんですよ?優しい魔術師さん?
……それはさておき目の前で魔術展開されるなんて思ってなかっただろうから、説明しなきゃね。(さっきの医療用術式は眠っていたから別としてね)
「ふぅ……できました。レイくん、本当に突然だけれど、その指輪に祈ってみて。なりたい自分になれるように。」
一瞬理解できなかったようだけれど、はっとして信じられないといった様子で必死に試している。
刹那、レイくんの身体に若干の変化が現れる。
「あ...…?」
コエが高くなってる。なるほどねぇ、そっちの方を先に試してみたのね。
「次は祈りを逆転させてみて?」
言われるがままにレイくんは祈る。
先ほど同様わかりにくいが、体に変化が訪れる。
「あ...!?」
「えへへ……すごいでしょ?」
「え?なんでこれ?!え!?!?」
リオさんよりやや高いかな?ぐらいの低いコエ。
さっきからの突然の変化でいちいち驚くレイくん、みてて面白いなぁ。
ただそっちの状態になっていると、リオさんの目が若干キツくなるからちょっと、あのそのえーっと...…
「はい。これでキミのお悩み解消できたかな?」
「リリィ……やり過ぎじゃないか?」
「そんなことないよ?だって、これも私の使命だもの?」
困惑しすぎて呆然としているレイくんをよそに、リオさんが心配してくれている。うん、この式は結構維持する事が難しいし、解読不能で怖いかもね。
「あの……これは一体何なのでしょうか?」
恐る恐るレイくんが私に尋ねる。
怖くないように微笑みを作りながら、
「形状変化魔術非魔術師用変化指輪性別型だよー。」
非常に名前の長い魔術名称を答える。
そう、彼の指にはめたのは、装着した者の性別が自由に操作できるへんな指輪なのだ。
確か昔、私が暇つぶしに作っておいた魔術。
数千年経ったここで使うとは思わなかったなぁ...…
「それに強く綺麗な心で祈れば、何回でも性別変えられるんだけど、絶対に記憶から私のこと消しちゃダメなのー。消えると指輪も消えちゃうよ。」
要するに信仰しろってことです。
ごめんね。
そもそも、自分の性別がわけわからなくなって彷徨ってたレイくん。
だったら、両方行き来できるようにしてしまえばいいじゃない。
これが私の解。
自由に生きられない世界の苦しさは、死に等しい。
それだけは分かっているつもりだから。
「え、あ、ありがとうございます...…えっと……?」
「私はリリィ、こちらにいる光魔術師ヴァルデリオの女神様です!」
もういいやこの設定通そう。
「リリィさん、ヴァルデリオさん。ありがとうございます。......天使ではなかったのですね。けど、光魔術師は初めて目にしました」
...…?天使が良かったの???天使好きなのかな?
最後の方に、消え入るようなコエで呟いたのを私は聞き逃さなかったよ。
光魔術師はそれはそれで珍しいのだけれど、それより天使を求めるレイくんが不思議。
「で、お前さんこれからどうするんだ?行方もないんだろう?」
不意にリオさんが切り出す。
私が頭の中で描いていた台詞を……
多分……いいえ、確実にレイくんに行方はない、それは私にもわかる...…
それもともかく、リオさん私の指輪に何か仕込んだんだね……?
あとで解除しよう。
「ええと……はい、気がついたらここにいて…… 私に行くあてはないです……」
はい、リオさんの欲しい回答をよくいえました。
とても勘のいい子のようです。
「じゃあお前今日から俺の手伝いしろよ。」
「え?」
「...推測だけどお前さん何か弾けるだろ?丁度センリツが足りなくて困ってるからな。別に悪い仕事じゃねえよ、光魔術って言っても治せるのは肉体だけで、心には音がいいから疲れてるやつに楽器演奏しろ。以上、雇用。」
わかりにくいよリオさん、すっごい真面目に話してるけど。
つまるところ〈演奏者として俺が雇ってやるよ〉っていっているんだろうなぁ。
あと 、〈医療知識を常人の範囲でついでに教え込む〉って意味も入ってるんだろうなぁ。
「つまり、奏者としてヒトを癒すお仕事手伝って欲しいんだって!」
簡単に要約した説明をしておく。
「え!?あ……はい。ヴァイオリンなら演奏できます」
「じゃあ採用な。キミの部屋は一階の端っこ。あとで俺の弟子が案内するから待ってな」
「!……ありがとうございます!!」
新しい住人が増えるの、寂しがりの私が好きだって知ってるからだよね、リオさん。ありがとう。
この人たちのノリについていけないという困惑が滲み出ているレイくんをよそに、勝手に雇用する私達。
オトというものは、いつの時代も、人の心の根底で流れ続けるものなのだよ。レイくん。
こうして、真夜中の散歩で見つけた子、レイくんは森の洋館で半ば強制的に住み込みで働くことになった。
彼のヴァイオリンの音色がイルスに気に入られて、毎日せがまれるのはまた別のお話。